イヴ・サンローラン豆知識

20世紀を代表するデザイナー、イヴ・サンローラン。
ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、ポール・ポワレらとともに当時のファッション業界をリードし、2002年の引退までトップデザイナーとして40年にわたり活躍し続けた「モードの帝王」。

日本ではライセンス商品も出ていてなじみがあるブランドですが、意外とサンローラン本人のことは知りませんでした。

年表

1936年 アルジェリアの港町オランの裕福な家庭に生まれる。
17歳の時にパリオートクチュール組合経営の学校に入学。
在学中にIWS(国際羊毛事務局)主催のデザインコンクールに応募し、ドレス部門最優秀賞を受賞。(このときコート部門の受賞者はカール ラガーフェルド)。
1954年 コンクールの入賞がきっかけで、クリスチャン・ディオールに迎え入れられる。
57年、クリスチャン・ディオール死去。ディオールの遺志により21歳で後継デザイナーに就任。
1962年 オートクチュールメゾン「イヴ・サンローラン」を設立。
モンドリアンルック等、60年代を代表する新しいエレガンスのスタイルを発表。
1966年 プレタポルテライン「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」のブティックをパリ6区、左岸に開設。

大腿部までのロングブーツやサファリ・ルック、シースルー・ドレス、ポップアート・ドレス、ミリタリー・ルック、パンタロン・スーツなどを発表。
また、男性用のタキシードをアレンジして女性用のスーツを作った。

70年代にはコサック・ルックやフォークロア調のでデザインを発表。名実共にモードの帝王と呼ばれるようになる。

1993年 サノフィ・ボーテ社がイヴ・サンローランを買収。
99年からサンローラン本人は、オートクチュールのみに専念することになる。
1999年 「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ」及び香水部門、オートクチュール部門は、PPR(現ケリング)系列下グのグッチ社に買収される。
2001S/Sよりリヴ・ゴーシュのデザイナーにトム・フォードが就任。
2002年 1月22日に行われたパリ・オートクチュール・コレクションで、サンローラン本人が引退。
オートクチュール部門は閉鎖し、以後リヴ・ゴーシュのみの展開となる。
2008年 イヴ・サンローラン死去。
2012年 エディ・スリマンがクリエイティブ・ディレクターに就任。
ファッション部門のブランド名を「サンローラン」に改名。
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